最高裁判所大法廷 昭和36年(オ)496号 判決 1962年10月24日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人代表者香下七郎の上告理由一について。
記録を精査するに、昭和三六年一月一七日の原審口頭弁論調書に当事者双方が従前の口頭弁論の結果を陳述した旨の記載があること明らかであるから、原判決には所論の違法はない。
同二ないし四について。
論旨は、要するに既存の宅地建物取引業者に対し新らたに営業保証金の供託義務を課した昭和三二年法律第一三一号(宅地建物取引業法の一部を改正する法律)附則七、八項は必要以上に営業の自由を制限するものであるから憲法二二条、一三条に違反するというのである。
しかし、憲法二二条の保障する営業の自由は絶対無制限のものではなくして、公共の福祉の要請がある限り、制限され得るものであることは当裁判所の判例とするところである(昭和二四年(れ)第一八九〇号、同二五年六月七日大法廷判決、刑集四巻六号九五六頁、昭和二六年(あ)第四六二九号、同二八年三月一八日大法廷判決、刑集七巻三号五七七頁参照)。
ところで、宅地建物取引業者とは宅地、建物の売買若しくは交換又は売買、交換、貸借の代理若しくは媒介を業とする者を指称するのであるが、昭和三二年法律第一三一号(宅地建物取引業法の一部を改正する法律)は、かかる業者に対し、従来の登録制を維持しながら、新らたに、取引主任者として宅地建物取引員試験に合格した者を各事務所に置かなければならないこととしたほか、更に業者に対し合計三〇万円を超えない限度で営業保証金の供託義務を課し、右供託金につき業者と宅地、建物の取引をした者をしてその取引から生ずる債権の弁済を受けさせることとし、既存の業者についても、同法附則七、八項により昭和三四年八月三一日までに法所定の営業保証金を供託すべき義務を課し、これに違反した者に対しては、都道府県知事は、あらかじめ、その旨を通知し、かつ、聴問の機会を与えたうえで、登録を取り消すことができる旨規定する。
思うに、前記宅地建物取引業者の業務は一般国民の日常生活に欠くことのできない住居等の取引に関するものであり、その取扱い金額も比較的大きいものであるから業務運営の適正を欠くときは一般社会に与える損害は甚大であり、公共の福祉を害する虞あることは明白である。かような事情にかんがみれば、前記法律が業務運営の適正を期するため前記の如く取引主任者制度を設けて、業者に宅地建物取引業に関し必要な知識を有することを要求すると共に、前記の趣旨および程度の営業保証金の制度を設け、業者と取引する関係者に対し不測の経済的損害を蒙る虞を除去し、その信頼度を高めることとしたことは、公共の福祉を維持するための必要な規制措置として是認さるべきものである。そしてかかる措置は、既存の業者についても、また必要であることはいうまでもないところであり、しかも相当の猶予期間をおいて供託を命じているのであるから、所論営業保証金の制度は、憲法二二条に違反するものということはできない。また右の如き規制措置は、業者の人格を無視するものでないことは明らかであるから、憲法一三条に違反するものでもない。それ故、前記営業保証金の供託義務を課した前記法律の規定が憲法二二条、一三条に違反するとの論旨は、理由がない。
なお、上告人は「原判決が引用した第一審判決理由に対する上告人の抗弁は、控訴状ならびに昭和三五年八月九日付、同年九月一五日付及び同年一二月一七日付の各準備書面を援用する」と述べているが、上告理由として記録添付の書面を援用することは許されない(昭和二五年(ク)第一四一号、昭和二六年四月四日大法廷決定、民集五巻五号二一四頁参照)から、かかる主張は、上告論旨として不適法である。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田 克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斉藤朔郎 裁判官 草鹿浅之介)